扇風機
 高校を出るまで、わたしは父親の会社の社宅に住んでおりましたが、冷暖房器具はコタツと扇風機だけでした。
 扇風機は首振り機能だけで、タイマーはついてはおりません。
 おまけに両親の部屋に1台しかありませんから、とても子供部屋まで、扇風機の風は届きません。

 そこでわたしは夏の夜になりますと、いつも濡らしたタオルと団扇を枕元に置いて寝ていました。
「大人になったら、扇風機をつけっぱなしで寝るんだ」
 と、毎日のように夢見ていたものです。

 しかし大学に進学して川崎で一人暮らしを始めたときも、親は冷暖房器具を買ってくれませんでしたし、講釈師になってからも無縁の品でした。
 ただでさえすくない収入はすべて飲みしろにまわし、コタツや扇風機を買う余裕は、とてもなかったのです。

 ですからわたしにとってコタツや扇風機は贅沢品なのです。
 今はおかげさまでタイマー付扇風機をフル回転させていますが、エアコンを買ったことがありません。
 コタツや扇風機を贅沢品と思っている人間にとり、エアコンなどは王侯貴族の持ち物なのです。

  ……このアパートの部屋の前の住人がエアコンを残していってくれましたが、やはり分不相応との思いが強く、とても使えません。
 使っていると料金が気になって冷や汗が流れてくるのです……。
 ですから来客があるとき以外には、エアコンは滅多に使用していません。
 わたしはすでに贅沢品の扇風機を使いまくっているのです。
 これ以上の贅沢は罰が当たります。
# by aizan49222 | 2010-07-20 21:49 | 愛山メッセージ
浴衣
 4日続けて市民プールへ通ったおかげで、肩が日焼けしてヒリヒリ痛みます。泳ぎ疲れもありますから、今日の水練は休むことにしました。
 で、室温32度の中、午前中に30分の読み物を四席さらったら(口には出さず、頭の中で演じます)すっかり疲労困憊。

 昼寝から目覚めると、部屋に掛けてある浴衣に目がとまりました。
 夏の自宅講談会六畳庵で着るために用意してあるものです。

(六畳庵は完全予約制・日時はご都合次第・ただし一席+雑談でご勘弁願います・2千円・(問・予約)03ー3430ー6615愛山工房)

 この浴衣は前座の頃に師匠からもらったもので、師匠が夏場に新宿末広亭で怪談噺でトリをとると、この浴衣を着て、お面をかぶり、幽霊役で客席を飛びまわりました。
わたしはこの役目が大嫌いでしたが、今は大嫌いなものであったものほど懐かしく思い出しています。
# by aizan49222 | 2010-07-19 17:09 | 愛山メッセージ
人生、2割5分の自己責任
 人間がオギャーと生まれるということは、すでにさまざまな遺伝子を組み合わされているということであり、これは当然もって生まれたものですから、つまり人間は生まれながらにして半分は自分の力では変えられない宿命を背負わされているということになります。

 それでは残り2分の1が自己責任になるかというと、それもとんでもない話で、ここにどういう風に親に育てられたかという躾、生い立ちの問題がからんできますから、さらに2分1は、自分の力ではどうしょうもありません。

 そうすると生きていくための自己責任は4分の1。野球の打率でいえば2割5分。1試合に1本のヒット狙いでいけということになり、たしかにこのくらいならばできそうですし、またこのくらいの目標がないと試合に出ても(生きていても)励みになりませんし、面白くもないでしょう。

 これが「人生、2割5分の自己責任説」由来の一席となります。
……さ、つまらない能書きをこいたあとは、市民プールへ行ってきます。
# by aizan49222 | 2010-07-18 18:45 | 愛山メッセージ
今年の夏
 「夏になると無性に遊びたくなります」と、作家の結城昌治先生に暑中見舞状をお出ししたところ、「それはあなたが若いからです」という旨のご返事をいただいたのは、もう二十年ほど前のことになります。
 ところがこの数年は遊びたくなるどころか、猛暑にウンザリ。
 ただただ秋の訪れを楽しみに、半死半生の夏をすごしておりました。

 しかし、そんなわたしが、「今年の夏は市民プールで泳ごう」と思い、実際プール開きの今日、十五年ぶりに泳いできたというのは、一体どうしてしまったというのでしょうか。

 わたしはここのところ心身共に免疫力が衰えてしまい、肉体は疲れやすく、精神はいつも緊張しています。一種のパニック症であります。
 そこで夏が楽しく思われたあの頃にもどり、免疫力をアップさせようとしているのかもしれません。

 つまりわたしは元気になりたいのです。
 まだ人生を捨てたくはないのです。
 この悲観的な男が、珍しく積極的な姿勢を示しているのです。

 市民プール行きは、きっとそういう理由からでしょう。
……で、今日泳いだ距離は、30メートル×5本、17メートル×5本。あとはずっと水中歩行をしておりました。
今年の夏は泳ぎますよ。遊びますよ。 みなさんも遊びにきてください。
 そしてみなさんの遊びに、わたしを誘ってください。
# by aizan49222 | 2010-07-15 21:50 | 愛山メッセージ
清水の頃・小学時代(五)
 とにかく生真面目で几帳面(だから学級委員などもやらされてしまったのです)。団体行動が苦手な子供で、遠足などは大嫌いでした。

 ドッヂボールをやった記憶はありますが、小学校の休み時間には、数少ない友人の一人のM君と、ほとんど相撲をとって遊んでいました(相撲と将棋好きは、明らかに父親の影響です)。
 贔屓の力士は、まず明武谷。それから琴ヶ浜、青ノ里。それぞれつり出し、内がけ、小手投げという得意技があり、天下の人気者ではありませんが、玄人好みの、それこそいぶし銀のような存在に、わたしはその頃から強く惹かれる傾向があったようです。

 NHKテレビの相撲中継もよく見ましたが、わたしは実況の北出清五郎アナウンサーの大ファンで、あの穏やかな、日本語を充分に咀嚼している大人の喋りに、何ともいえない安らぎを覚えたものです。

 そしてテレビといえば何といっても「シャボン玉ホリデー」です。バラエティーの草分
けです。クレージーキャッツです!
 クレージーキャッツの面白さといったらありませんでした。
 寄席演芸とは、また異なる魅力。
 わたしが住んでいた静岡では、たしか金曜日の夜の放送だったと思いますが、この時間帯が待ち遠しくてたまりません。内因性の鬱があるのか。その頃から悶々としていたわたしに、クレージーキャッツが精神的な主治医になってくれました。彼らの音楽コントを見ていれば、わたしはご機嫌でありました。


  (植木等さんの訃報に接した日に詠める歌三首)

  少年の心ときめく銀幕のクレージーキャッツ残像哀れ

  芸人になりたき夢をはぐくみし植木等の歌声に泣く

  ボケ、ツッコミ、ナンセンス、クレージーキャッツ白のスーツよ

# by aizan49222 | 2010-07-14 15:36 | 愛山自伝・俳句と短歌
健康問題と強い人の定義
 「夏は体をこわさないように、よく注意をして、いくら暑くても、冷たいものは飲まずに、温かいものを飲みます」という人は、体は健康ですが、不健康な心を抱えた人だと思います。

また「夏になったら冷たい生ビールを何杯もあおって、何度も下痢をするのが酒飲みの勲章」と豪語する人は、体は不健康ですが、心は健康な人だと思います。

そしてどんなに困難な状況に追い込まれようと、食事と睡眠がとれる人こそ、本当に強い人なのではないでしょうか。
# by aizan49222 | 2010-07-06 21:14 | 愛山メッセージ
蝶々
 小鳥たちに食べてもらおうと物干し竿の上に出しておいたエサをカラスに狙われ、奪われてしまうようになり、カラスの足場をつくらないようなエサ場にしなければ意味がないとの助言を受け入れ、今は苦肉の策として、カゴを二つ合わせて地球儀のような形にして、その中のザルにエサを入れて物干し竿から吊り下げています。

 小鳥たちにはカゴの隙間から中に入ってもらい、こころゆくまで食事してもらおうとの計略です。

 するとたしかにカラスは来なくなりましたが、小鳥たちも来なくなってしまいました。
 カラスが我が庭の生態系を壊してしまい、それはもう復元されなくなってしまったのかもしれません。

 しかしそのうちに何匹かの蝶々がカゴの中に入り、オレンジを吸ってくれていることに気がつきました。
……これでまた小鳥たちも来てくれるかもしれないとの可能性が出てきました。
世の中は悪いことばかりは続かないのでしょう。肝に銘じます。

 蝶々に感謝!
# by aizan49222 | 2010-07-03 18:40 | 愛山メッセージ
1分待ち
 某新聞社の年配の記者さんから「今は我々もワープロで原稿を書かないことには商売になりませんよ。みんな四苦八苦しています」と聞かされましたのは、もう17、8年も前のことになりましょうか。
 そしてそれから数年後には、知人のサラリーマンから「パソコンは肩たたきですよ。一種の退職勧告です。パソコンを覚えられなかったら、会社をやめてくれといってるも同じですよ」と嘆かれました。
 ことほどさように現代文明についていけなくなってしまったときに、人は老いを感じるのかもしれません。

 ところでわたしがパソコンを妹弟子からもらったのは8年くらい前だったと思いますが、ワープロ機能とゲームだけを楽しんでいればよかったものを、機械いじりとメカニックが大の苦手なことには目をつむっての見切り発車で、オレも人並みにインターネットとメールとやらをやってみたいなどという欲をだしてしまったことが、今思えば分不相応であったのかもしれません。
 もちろん接続設定は人まかせ。
 おかげでインターネットもメールも使えるようにはなったのですが、パソコンのトラブルに対応できないことには、我ながら驚きました(パソコン用語が理解できませんし、解説文を読んでも意味不明)。とにかく全然ダメ!

 つい最近もこんなことがありました。
 Windows updateをしたところ、更新後にパソコンの様子が変わってしまいました。立ち
上げてから1分ほど待たないと正常に作動しなくなってしまったのです。
(本当はどういう風に質問してよいかさえわからないのですが、そんなことはいっておられません)プロバイダーやパソコンのメーカーに電話で問い合わせたところ、要するに更新に失敗してパソコンに不具合が生じてしまったらしいのです。
 パソコンメーカーのお姉ちゃんは「システムを復元しなくてはなりません。データが消える恐れがありますので、バックアップをおとりください」と、いとも簡単にいいましたが、わたしは心臓が飛び出さんばかりにドキドキしていて手が震え、緊張の極におりますから、たとえお姉ちゃんのサポートがあろうと、とても1人ではそんな作業はできません。

 それにある疑問もわいてきました。
 わたしは態度を保留して電話を切り、こうしたパソコンのトラブルの折に、いつも相談をもちかけている者の意見を聞くことにしました。
 するとその人から「コンピューターは、使えるならば、それでよしとしましょう。復元は完全ではありませんし(復元とやらで、本当にそんなに簡単に旧に復するのか……。これがわたしが感じていた一般常識の範疇にある疑問でした)それどころか無理やりに元の状態に戻すわけですから、却って悪くなることもあります。おすすめしません」という返事があり、わたしもこの考えに満足をして(この見解が間違っていてもよいのです。わたしは自分の行動に安心感を得たかったのです)完全に壊れるまでは、このまま使用することに決めました。立ち上げてから、たかだか1分待てばよいのです。
 わたしは復元によって、これ以上悪くなってしまうかもしれない可能性を避けたのです。

 かくしてわたしはトラブルを目の敵にして、いつも果たし合いの場に臨む気分で、パソコンの前に座っています。
 しかしいちばん腹立たしいのは、ここまでパソコンを不得手にしながらも、1人でも多くの人に神田愛山という講釈師の存在を知ってもらいたいと、このブログの原稿を書き、パソコンをやめることができない、わたし自身の煮え切らない態度なのであります。

……今後も本ブログのご愛読をよろしくお願い申し上げます(笑)。
# by aizan49222 | 2010-07-01 00:36 | 愛山メッセージ
擦過傷
 行きつけのスーパーで2割引きのマグロのたたきを買い、やれ嬉しやと冷蔵庫に入れておきましたが、夜食の時間に取り出してみると、すでに腐っておりました。
 わたしのアパートはスーパーから歩いて10分の距離ですが、リックサックに入れてきて、6月の蒸し暑さでダメになつたのだろうと、そのときはそう思いました。

 しかしどうも気になります。
 そしてそのことが気になると、かねて薄々気にかかっていた、冷蔵庫を開けたときの生暖かさと異臭や、牛乳パックがいつもカサカサに乾いている感じが、さらに気になるようになりました。

 そこでモノは試しに冷凍庫を開けてみると、なんと氷が溶けているではありませんか!
 わたしは驚いて冷蔵庫内の温度をチェックしました。
 そしてそこで初めて気がつきました。
 わたしは冷蔵庫を霜取り設定にしたまま二週間も忘れていたのです!

 だいぶ物忘れが激しくなってきたようです。

 今日も床屋のお兄ちゃんに「おケガなさいましたね。右のコメカミ近くに4か所ほどの擦過傷がありますよ」といわれましたが、まったく身に覚えがありません。
 しかしたしかに転んだあとのような擦過傷があります。現実は事実です。でも覚えがないものは覚えがない……。
「寝ている間にかきむしったのかもしれませんよ」
と、お兄ちゃんはいいましたが、案外それが正解かもしれません。

……わたしは公私にわたる自分の不甲斐なさに腹を立て、無意識のままに、寝ている間も髪の毛をかきむしっているのかもしれません。
# by aizan49222 | 2010-06-25 16:39 | 愛山メッセージ
夏の早耳情報(Ⅱ)
「神田愛山・宝井琴調夏の会」8/20(金)19時
・らくごカフェ(神保町駅A6出口・神保町交差点岩波ブックセンター隣・古書センタービル5F・千代田区神田神保町2ー3)
・2千円(ブログプリント持参割引有り)
・「おたのしみ」琴調・「河村瑞軒」愛山
 (仲入り)これよりミステリーと怪談…「(結城昌治原作)骨の音」愛山・「(牡丹燈籠)お札はがし」琴調


毎度申しあげるとおりに、講談とは形式的には男性の骨格美であり、その根底にはダンディズムが流れます。
 ダンディズムとは「男が格好いいと思う精神のあり方」のことで(わたしはクールな自己犠牲に強く惹かれます)女流講談とは似て非なるものですが、
今や世間的には講談といえば女流講談と思われてしまっているようです。
 講談が女の職業となってしまったのです。

 しかし、すくなくとも、わたしと琴調がいる限りにおいて、伝統芸である講談は滅びていません。
わたしと琴調は伝統芸である講談の最後の継承者であり、またその臨終を看取る役目を背負わされていると思っています。

 この「神田愛山・宝井琴調夏の会」には前座も、ゲストも出しません。
 文字通り二人だけの会です。
 どうか伝統芸としての講談を心ゆくまでお楽しみください。
 古きよき時代の講釈場の夜講に、皆様方をお誘いいたします。
# by aizan49222 | 2010-06-16 17:43 | 愛山メッセージ