《五十路の手習い》
昔ながらの点火燃焼式の蚊取り線香は渦巻きの途中から折り取れるということを教えてもらったのは、今夏のことでありました。
それまでは一度火をつけたら燃えつきるまで、そのままにしておきました。
そうしなければいけないものだと思っていたのです。
ですから昔ながらの蚊取り線香は長時間在宅しているとき以外は使えないなとも思っていました。
この折り取りのことを教えてくれた人は、いかにもあきれたという顔をして、わたしを見つめておいででした……。
《あやしい人》
その大気不安定の日、アパートの廊下で傘を雨よけにして座っている数人の子供たちのかたわらを通り抜けてしばらくいきますと、わたしが今立ち去った後ろから「あの人あやしい人」といっている女の子の声が聞こえてきました。
わたしがそばを通ったことで中断してしまったそれまでの会話の続きを、子供たちがまた始めて、女の子がいった「あやしい人」とは、それまでの会話に登場してきた人物のことであって、わたしのことではないのかもしれませんが、しかし真偽はわかりません。
よほど確認のために戻ろうかと思いましたが、その女の子にあいづちをうつことなく、無言でいてくれた他の子供たちが、大きな救いとなりました。
《討死》
わたしはメガネに、メガネをはずしてもぶらさげたままでいられるメガネ掛けを付けているのですが、先日メガネをぶらさげて外を歩いておりましたら、メガネ掛けが(紐ではなく金属製のようなものですから)日に焼けて、まるで焼きごてのように首筋に食い込んできました。いやその暑いの何の!
……道に落ちて死んでいるセミを見ますと、この猛暑に武運つたなく討死をしてしまったのではないかと思います。
《自分の顔》
若い頃から写真が嫌いでした。自分の顔を正視することが苦手なのです。自分に自信をもてない何よりの証拠でしょう。
……床屋へ行きますと、否が応でも正面の大きな鏡が目に入ります。加齢した自分の顔が写っています。
一瞬だけ……これからはしっかり見据えることにしました。