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講談ショートショート『(露地野裏人作)遺されたもの』台本公開
 よく十年一昔と申しますが、臓器移植法が成立したのも、だいぶ昔の話になってしまったようでございます。
 この法律で脳死状態での臓器移植手術が可能になりました。
 今はすこし法律の微調整もされているようでございますが、その頃はまだ元気なうちに自分の臓器提供の意思をドナーカードに記入して、日本臓器移植ネットワークに登録しておく。
 そしていよいよその時を迎え、家族の承諾があれば臓器移植手術が可能になるという……。
 これはもちろん無償、善意の行為であって、誰に臓器を提供したかはわかりませんし、誰から臓器を提供してもらったのかもわかりません。
 これはわからないからよろしいのであって、もしわかったらとんでもないことになってしまうかもしれません……。

 ここはある大病院の一室でございます。
 佐藤高という青年が白い顎髭をたくわえました医師丸山に、しきりに礼を述べております。
「先生、有難うございます。先生は命の親の大恩人です」
「いや、私に礼をいうことはありません。礼をいうならば、あなたに心臓を提供してくださった方におっしゃってください。……といって、その方の氏素性を明かすわけにはいきませんがね。
 とにもかくにもあなたには拒絶反応もなければ、感染症の疑いもゼロ。こういう例も珍しい。ですからこんなに早く退院できるのです。
 あなたはこれからあなたに心臓を提供してくださった方の分と合わせて、しっかりと二人分の人生を歩んでくださいね」
「はい。有難うございます」
 と、佐藤は百万辺も頭を下げて病室を出ていきます。
 その後ろ姿を見送った丸山が、
「ここに重い心臓病から解放されて再度人生を切り開きたいと考える佐藤高という青年がいて、失恋のショックからガス自殺を図り、脳死状態におちいった渡辺清という若者がいた。
 渡辺君はかねて臓器提供の意思表示をしており、ご家族のご承諾も得ることができたから、ここに渡辺君の心臓を佐藤君に移植することができたのだ。
 これで渡辺君もさぞかし浮かばれることだろう」
 と感に堪えたようにつぶやいたのでございます。
 佐藤もそれからは通院を怠ることなく、二年の歳月が流れました。
 その日診察を終えますと、佐藤は丸山に「先生、今日は先生にお願いがあるのです」と申します。
「何でしょう?」
「実は今度丘野理恵子さんと結構することになりました」
「そうですか。それはおめでとう。……最初に丘野さんの名前を聞いたときには驚きましたよ。病室に入ってきたあなたがいきなり『先生、心臓がドキドキするんです』とおっしゃるから、さては拒絶反応かと、こちらも一瞬身構えましたが、丘野理恵子さんという恋人ができて、ドキドキの意味が違うと知って大笑いをしたものですよねえ。
 社会復帰後のご結婚ですから、ご両親もさぞかしお喜びでしょう。
 でもいくら結婚したからといって過度な運動は慎むように……。ハハハハハ、いや、これは冗談、冗談。
 で、私に願いとは何でしょう?……えっ、披露宴はもとより結婚式にも出席してくれって……私はあなたの親戚ではないのですよ。……それでも構わないって……。わかりました。喜んで出席させていただきましょう」
 と、いよいよホテルで開かれました結婚式の当日でございます。
 佐藤、丘野両家親族にまじって、丸山はニコニコ笑って控えております。
 やがて式次第が進んで、三三九度の杯となりましたが、杯を手にした佐藤が「ウッ」と一声、バッタリとその場に倒れてしまいましたから、周囲は騒然、花嫁も泣き出す始末でございます。
 丸山が脈をとりましたが、すでに脈はなく、心臓の鼓動も停止しております。
「これは一体どうしたことなのだ!?私のオペは完璧だった。だからこそここまで生きてこられたというのに!?」
 と、さすがの丸山も日頃の冷静さを失い茫然自失の体でございます。

 ……佐藤高に心臓を提供した渡辺清は、失恋のあげくにガス自殺を図ったのでありますが、その失恋した相手が何と丘野理恵子であったのでございます。
 つまりまことに皮肉な偶然には、渡辺は自分を振った丘野理恵子の結婚相手佐藤に、自分の心臓を提供してしまったのでございます。
 そしてそのことを知った佐藤の体内で生き続ける渡辺の心臓は怒りに震え、自ら鼓動を停止させ、とうとう佐藤を死においやってしまったのでございます。
 どうやら渡辺がこの世に遺しましたものは、心臓という臓器だけではなかったようでございます。
 露地野裏人作「遺されたもの」と題しました一席、これをもって読み終わりといたします。


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by aizan49222 | 2014-09-22 11:06 | 愛山メッセージ


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