講談ショートショート『交通規制』台本公開
 これは臓器移植法が成立した頃のお話でございます。
 西日本にございますニコニコ病院へ、くも膜下出血のために入院しておりました四十代半ばの男性が、法的な脳死と判定されました。
 この男性はかねてドナーカードに書き込んで臓器提供の意思表示をしておりますし、家族の承諾も得られました。
 そこで臓器提供を待ち受けております患者への移植手術をほどこすべく、日本臓器移植ネットワークに登録されております患者リストの中から、摘出されました心臓は大阪に、肝臓は長野へ搬送されることになりました。

 とにかく心臓は摘出後4時間以内に、また肝臓は12時間以内に移植いたしませんと、働かなくなる確率が高くなってしまいます。
 まず脳死者の心臓を取り出して保存液につけて氷で冷やし、アイスボックスに入れられますと、パトカーに先導されて、病院の専用車で飛行場へと運ばれます。
 とにかくこれは臓器移植法施行後初めての臓器移植手術でございますから、大勢の取材陣がつめかけて、もちろん道路は大幅な交通規制が敷かれております。

 しかしカーラジオから流れてくるこれらの情報を、萌黄幸子はイライラしながら聞いておりました。
 医学評論家がコメントをはさみます。 「しかし仮にこの心臓移植手術が成功したといたしましても、ほとんどの患者さんは拒絶反応と戦わなければなりませんから、免疫抑制剤を一生飲み続けなければなりませんし、それら薬剤費とは別に、心臓移植の場合は初年度だけでも約一千万円かかるとされる費用をどうするかということも今後の課題でございましょう。
 もちろんこの数字は医師の技術料を含んではおりせんし、さらに生々しいことを申し上げますと、たとえば小型ジェットで臓器を搬送した場合は、それだけで二百数十万円のお金がかかってしまいます」  という話を聞きながら、萌黄幸子は怒り心頭に達しておりました。 「そんなことはどうでもいいから、この交通規制を何とかしてよ。渋滞を解消してよ。臓器移植手術を受ける患者さんも大変でしょうけど、あたしの父も大変なのよ」  と、幸子は車の中で絶叫いたしましたが、幸子が絶叫するのも無理はございません。
 と申しますのも、脳梗塞で倒れた彼女の父親はニコニコ病院へ入院して手術は成功、リハビリに励み、今日は初めての外泊が許されたのでございます。
 ところが車に乗せてわが家へ向かう途中、父親の容体が急変して意識がなくなりました。
 驚きました幸子は慌てて車をUターンさせ、また病院に戻ろうとしたところ、この交通規制に引っかかってしまったのでございます。

 ……その後しばらくして交通規制は解除されましたが、幸子の父親は亡くなりました。 「もう5分早ければお父さんは助かりました」  と、医学的説明を終えたあとに医師はいいましたが、その5分の遅れはひとえに臓器搬送のための交通規制にあったのでございます。

 臓器移植法施行後初めての移植手術は、日本中の人々が固唾を飲んで見守る中見事に成功して一人の患者の命を助けましたが、間違いなく幸子の父親を死にいたらしめてしまったことも事実なのでございます。
 「交通規制」と題しました一席、これをもって読み終わりといたします。


『神田愛山・柳家喬太郎二人会』
8/28(木)18:00
お江戸両国亭(JR両国駅東口歩8分・大江戸線両国駅A5歩6分・京葉道路沿い・墨田区両国4ー30ー4)
2000円(全当日自由席・予約不可)
楽天・神田春陽 「おたのしみ」柳家喬太郎 「ビュルガー病の落語家」神田愛山
(仲入り) 牡丹灯籠リレー 「お札はがし」神田愛山 「栗橋宿」柳家喬太郎
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by aizan49222 | 2014-08-21 14:50 | 愛山メッセージ


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